日置流道雪派の流祖は、伴喜左衛門一安である。後に入道して道雪と号したので日置流道雪派と称する。吉田六左衛門重勝(雪荷)に従って射術を学び、印可を受け、その芸を以て鳴らした。当時は戦国の世で、各地で群雄が割拠して覇を争った時代であるが、丹後田辺城主細川藤孝(幽斎)に請われて、雪荷老師と共に赴き、家臣達に弓術を指導した。天正年間(一五七三〜一五九一)には根矢を以て蓮華王院(京都三十三間堂)で射通す。これが今に伝わる三十三間堂通し矢の始めである。雪荷老師、同地で病没後、道雪は修業と称して丹後を辞し諸国を巡ったが、門弟となる者、数千人におよび、その末流が諸国で道雪派を称した。細川家は藤孝(幽斎)の子、忠興(三斎)の代に豊前小倉に移封され、更に寛永九年には孫の忠利が肥後熊本五十四万石の国主に封ぜられて入国し、以後明治維新に至るまで、文武両道を奨励したので肥後藩では文武共に隆盛を極めた。その肥後藩で道雪の直弟子、門宮所左衛門信吉が、二代師範を享け継ぎ、以来連綿として継承し明治以降も今日迄、生駒新太郎、宇野丈九郎、坂本茂、井上平太、宇野東風、永田正運、金子清則等、全国にその名を轟かせた幾多の秀れた弓道家を輩出してきた。

【由来】

日置弾正政次

吉田上野介重賢(道宝)

吉田出雲守重政(一鷗)

吉田六左衛門重勝(雪荷)

  初代 伴喜左衛門一安(道雪)

  二代 間宮所左衛門信吉

  三代 間宮次郎兵衛信由

  四代 宮川彌一兵衛由成(夕翁)

  五代 長谷川忠右衛門景之

  六代 長谷川新右衛門景福(流也)

  七代 中島五郎右衛惟常  

  八代 宮川幸之助清長

  九代 田上壽八郎清輝

  十代 田上儀右衛門武経

 十一代 野上文五輝国

 十二代 生駒新太郎為章(棠里)

 十三代 宇野丈九郎茂邨(丈雲)

 十四代 坂本茂永昌

 十五代 上野又十安清 

 十六代 野尻達也清澄

 十七代 金子清則理胤 

 十八代 岩下忠佳  

【系譜】

日置流道雪派

<連絡先>宗家師範 岩下忠佳                

〒861-8029 熊本県熊本市東区西原二丁目22-24​

℡ 096-382-1715 

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