始祖・丸目蔵人は、天正年間、新陰流の始祖である上泉伊勢守信綱の門弟となり、柳生但馬守・疋田文五郎・穴沢浄賢と並んで四天王として謳われた剣豪である。剣の奥義を極めた後に上泉より「殺人刀太刀」「活人剣太刀」の免許皆伝を受け、タイ捨流を編み出した。

流派の興りは、一五〇〇年代後半の頃。新陰流を基礎として、インド・中国・日本の三国のそれぞれに古くから伝わる武道と自ら実戦で培った技とを加え完成させた。タイ捨流の「タイ」という言葉には、「大・体・待・対・太」などの複数の漢字が当てはまる。「大」は、丸目蔵人の師である上泉の死後「偉大な師を失った」という意味を示す。そのほか、「体」とすれば体を捨てるにとどまり、「待」とすれば待つことを捨てるにとどまり、「対」とすれば対峙を捨てるにとどまり、「太」とすれば自性に至る…といったそれぞれの漢字の意味が含まれる。「タイ捨」とは、これらのすべての雑念を捨て去るという事。また、ひとつひとつの言葉にとらわれない自在の剣法であるとされている。「右半開に始まり左半開に終わる、すべて袈裟斬りに終結する。」独特な構えや礼法が特徴の実践的剣法。様々な地形での戦を想定した体の操作法、飛び違い相手を撹乱する技、蹴り・目潰し・関節などの体術を剣術と組み合わせた技が現存している。

【由来】

  流祖 丸目蔵人佐 藤原長恵

  二代 神瀬軍助 太神惟幸

  三代 相良庄次郎 頼武

  四代 相良左兵衛 長房

  五代 神瀬五右衛門 入道年哉

  六代 小田七郎右衛門 藤原定矩

  七代 小田夕可 藤原定紀

  八代 小田直左衛門 藤原定能

  九代 小田金駄左衛門 藤原定記

  十代 小田八郎左衛門 藤原定直

 十一代 佐厶田忠蔵 藤原良興

 十二代 小田夕可 藤原定孝

 十三代 山北竹任 藤原定宗 ※小田家血統※

 十四代 木野敬夫 藤原定敬 ※小田家血統※

 十五代 上原エリ子 藤原英定 ※小田家血統※

【系譜】

<連絡先> 兵法タイ捨流龍泉館          

〒866ー0898 八代市古閑中町1386-6

℡  0965-37-7117

MAIL taisharyu.ryusenkan@gmail.com
 

兵法タイ捨流

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